昭和47年4月9日 特別奉修委員    (末永信太郎)



 大事なところを、いよいよ大事にということを頂きました。皆さん、信心させて頂いて、どこが、何が一番大事に思うか。その大事なところを、いよいよ大事にして行くことが信心です。ね。ですから、今、それぞれに、それは違っても良いでしょう。けれども、これは大事というところですね、一つ大事に。
 例えば、今日は秋永先生ところの霊祭がありますけれども。本当にあの、信心させて頂いておって、お先祖の例えば供養が本当に大事にされてないなんて、ちょっとおかしな話ですよね。だから、そういうことも、これも大事にしなければならないこと。もちろん、自分の心を大事にすることはもちろんですけれどね、大雑把に言うて。してから、信心させて頂いて、大事なところをいよいよ大事に、と。
 それからね、黙すること百雷のごとし、と頂きましたよ。黙するっちゃ、黙っておるということ。もう、最近頂いておることなんですよ。これはね、初めの間はですね、例えば黙っておるとよか事してから、ということになるかも知れませんね、例えば、子供に、その言うことを聞かんといったような場合でも。
 私が黙っとりゃ、その、より付け上がるということになるかも知れませんよ。けれども、これはジッと本当に祈って黙って行ったらですね、そのことはもう、とても、それこそ雷さんがいっちょどん(      )なっとるようなこっじゃないです。もうそれこそ、母親があん黙っとるとを見たら、もう、それこそ百雷のそれを聞いたように感じるのが、おかげなんですよね。
 だから、そこんところを今日は、(執行してね?)、一つ、だから、黙っておるからすぐと、おかげということではないわけですよね。黙っとる、黙っとると付け上がって、よけい付け上がってというなところもやっぱあるんです。けれども、そこを祈って黙っておる。それが、黙することは百雷のようなものだということですよね。